欠如モデル
サイエンスコミュニケーションという言葉をご存知でしょうか?
文部科学省のホームページには
『科学のおもしろさや科学技術(ぎじゅつ)をめぐる課題を人々へ伝え、ともに考え、意識を高めることを目指した活動です。』
と記載されておりますが
wikipediaさん的には
専門家が市民(非専門家)に対して科学的なトピックを伝えること
という感じみたいです。
で、どうやら僕たち獣医師が一般の人に動物の知識なんかを伝えることも
サイエンスコミュニケーションの一つとして捉える考え方もあるようで
このブログや望月がやっている裏ブログなんかも
犬猫さんの医療的な情報を書いている時は
サイエンスコミュニケーションに当てはまるように思います。
このサイエンスコミュニケーションを行う上で
『欠如モデル』という考え方がありましてですね。
これもwikipediaさんから拝借させていただくと
欠如モデルというのは
『大衆が科学技術を信用しないのは「大衆に情報が欠如しているからだ」、
もしくは「大衆の理解が足りないからだ」とする理論。』
と書いてあります。
例えば、犬さんの混合ワクチンに対して
怖いから打たないようにしているんです、っていうご家族がいらっしゃったとします。
それは、ワクチンに対しての知識・情報が欠如しているからだ!っていうのが
この欠如モデル的考え方ですね。
この考え方に則ると
ワクチンに対する知識をきちんと与えよう!!みたいな流れになっちゃうみたいなんですね。
でも、実際そんなことないですよね。
ワクチンに対する知識や情報をきちんと持たれているご家族様の中にも
ワクチンを信用していない人はたくさんいると思います。
情報を与えられれば、それで良いのかって言われたら
そこは違うでしょ、って話ですよね。
実際にwikiさんにも書いてありますが
『人々に単により多くの情報を提供するだけでは、必ずしも意見が変わるわけでは無い』
という文献もたくさんあるみたいです。
正しい医療的な情報であるとはいえ
ただただそれをひたすらに発信し続けるだけで
動物と一緒に暮らす人の動物医療に対する考え方が変わるとは思いません。
どこの誰が発信している情報なのか?っていう
情報発信している人の素性がわからないと信憑性も何もないかもしれないですし
その情報を知った上で、ご家族様がどう感じたか?どう思うか?を聞かされた上で
どのように説明をするか、ってのも大事だとは思います。
あくまでもサイエンスコミュニケーションなので
相互に言葉のキャッチボールが初めてコミュニケーションだと思います。
片側からの情報発信だけではそれは成立しません。
人となりをある程度知っている獣医師が情報を発信して
その情報を受け取ったご家族様の感想を直接その獣医師にぶつけてみて
その上で、情報をどのように伝えていくか
っていう流れを全て含めてサイエンスコミュニケーションなのかな、と
僕はこの話を聞いていて思いました。
このブログもそういう風な存在であれれば嬉しいなと思った次第です。
とか、それっぽいことを書いておりますが
ブログにコメントを書いていただけると嬉しいな、っていうただそれだけです。
周りくどくてすみません。
それでは、今日はこの辺で失礼いたします。