診断的治療について
本日、抗菌薬についてのブログ記事にコメントをいただきました。
そちらのブログに返信を書いても良かったのですが
長くなりそうなのと、せっかくなのでブログの記事として書いた方が
伝わりやすいかなと思ったので、こちらに書かせていただこうと思います。
診断的治療というのは
病気による症状や各種検査結果より
ある程度鑑別疾患を列挙した後に
試験的に治療薬による治療を開始し
その治療の効果があれば、やっぱりその病気だったんだ診断する方法です。
どういう場面で診断的治療を行うかは先生の考え方によって差異があるので
どのような場面を指すかはやや難しいのですが
例えば、犬さんのアトピー性皮膚炎の診断基準の一つに
コルチコステロイドへの反応性というものがあります。
これは、ステロイドを使用することで皮疹や痒みの症状に改善があれば
アトピー性皮膚炎の診断を支持する一つの材料になりますよ、ということを示しています。
これも一つの診断的治療だと思います。
あとは、どんだけ検査しても寄生虫の感染を確認できないけれど
寄生虫感染が疑わしい下痢症状が続く症例なんかに
試験的に駆虫する場面なんかもあるかもしれません。
そういうのも診断的治療の一つになるかと思います。
で、今回のコメントは抗菌薬の適正使用についてのブログに頂いたものなので
抗菌薬の診断的治療についてここからは書いていこうと思います。
あくまで個人的な意見なので、絶対的なものでは無いよ、ということだけ
あらかじめご理解いただいた上で読んでください。すみません。
結論から申し上げますと
抗菌薬の診断的治療というものを行うにあたり
肯定される場面と否定される場面の両方があるのではと考えています。
そこを分けるポイントは、現実的に検査可能かどうかと緊急性にあると考えます。
そもそも抗菌薬というものは
基本的に細菌感染の症例に使用します。
なので、細菌の存在が確認できて、かつ、それに対する白血球の貪食などが確認できて
初めて細菌感染と呼べると思いますので
原則としては、そういう症例に抗菌薬の使用を検討します。
ただ、言い訳がましくなるのですが
動物医療の場合、現実的になかなか培養検体が採取できないということもあります。
例えば、細菌性肺炎が疑われるような場合
人間であれば喀痰をぺって吐いてもらえれば、それを培養できるのかもしれませんが
動物ではそうは簡単にいきません。
麻酔をかけて気管支鏡を入れて液体を回収してきたり
気管チューブの先についた痰を培養したりできるかもしれませんが
いずれにしろ全身麻酔が必要となってしまいます。
重症の肺炎症例でどっちみち人工呼吸で管理しているような
場合なら検体の採取も可能かもしれません。
ただ、それ以外の症例に関しては検査にどうしても制限がかかってしまいます。
そのような場合に
肺炎症例にはどんな細菌が多くて、どんな抗菌薬が使用される場合が多いのか
というのを考慮に入れて
試験的に治療を行うのは肯定されるのではないかなと考えています。
(賛否両論あると思いますので、間違っていたらすみません。)
一方で、頻尿や血尿なんかの膀胱炎症状で来院されている猫さんなんかは
基本的に尿検査を実施後、感染が確認されるまでは
抗菌薬の投与を行わないようにしております。
昔ながらの治療だと
比較的若い猫さんが頻尿・血尿という時点で
2週間効果のある抗菌薬を注射されるケースが多かったように思いますし
実際に、注射してから二、三日で症状の改善があったりして
めでたしめでたしとされていた猫さんは多いと思います。
ですが、学術的な統計データから
若い猫さんの膀胱炎の原因として細菌感染というものは少ないことがわかっており
一番多いのは特発性膀胱炎だということも判明しています。
特発性膀胱炎は無治療でも自然に寛解するケースも少なくないことから
上記のような注射をされた猫さんが良くなったように見えたのも
そのような理由から成立している『たまたま』な結果なのだと思います。
確率的に当たる可能性が低いわけですから
猫さんの膀胱炎症状に試験的に抗菌薬を使用することは否定されるべきかと思います。
まずは尿検査をして、感染があるのかないのかを確認し
可能なら培養検査などで菌種や感受性のある抗菌薬を確認してから
投与に踏み切るべきと考えています。
大まかに書かせていただきましたが
長くなってしまいましたね。すみません。
もちろん例外はどんな場合にでもあると思います。
それぞれの動物やご家族のご事情なども考慮に入れないといけないので
絶対的な決まりはないと思いますが
概ね以上のような考え方で診療は行なっております。
抗菌薬の使用方法についても
診断的治療に関しても
要は、動物やご家族にとって何が一番良いのか、を考えて選択すべきだと思っています。
医療が進歩する中で、ベストな選択肢というものも様変わりしていきそうですが
その時々でベストを選択できるように心がけたいと思います。
それでは、今日はこの辺で失礼いたします。
早々に御回答有り難うございました。
私は検査では不調の原因を特定できないor日数がかかり過ぎるケースや治療開始が遅れると救命率が下がる症例を想定しておりました。診断的治療により疑われる原因を強く肯定若しくは否定できるメリットもあると考えます。
>藤井様
こちらこそ早速のご返答ありがとうございます。
確かに体調不良の原因を特定できないケースの診断的治療という場面はあるかと思います。
寄生虫を検出できない場合の試験的駆虫などがそれに相当します。
細菌培養や細胞診のように検査結果が出るまで日数がかかり過ぎる場合も
可能な限り先に検査材料を採取した後に治療に入ると思われますが
(敗血症症例に対する抗菌薬の投与なんかはその例だと思います。)
そこは診断的治療というよりは早期の治療介入というような感じだと思います。
何れにしろ、薬剤投与後の反応に対する解釈を正確にすることが重要であり
判断基準の曖昧な場面での診断的治療は結果的に不幸なことになることも多いように感じております。
本来誤り/無益な治療はあってはならず、確定診断後の治療が原則ですし、早計な診断的治療は不幸な結果に終わる事が多いと思います。
ただ治療を開始しないor遅れると、ほぼ100%治らない障害や患者が死亡する病気が疑われる症例で副作用が有っても受忍範囲内である事が予見される場合、一時的投薬→経過観察により早期治療介入する事は救命上合理的な対応と考えます。
原則、患者の同意や依頼が必要な対応と考えますが、死亡後検査結果が出た事例を見るにつけ、患者側が早期治療の重要性及びその選択肢がある事を知っておく必要があると思い、投稿させて頂きました。上記は患者を可能な限り救い、患者の望む治療、人生であるべきという考えに基づいています。
誤解のない様補足致しますが、診断的治療は即時に行える触診、検査、調査/確認を全て行なった上で、確定診断に日数を要する緊急性の高い症例において、その時点の最善の選択として行う意味で使用しています。
薬剤や治療技術の進歩により、従来助からなかった病気でも現在では早期介入すれば救命される事例も出て来ています。
医療の技術や環境が変われば、診察や治療手順(プロトコル)も必要な部分は変わっていくと考えています。
本件に関する司法判断を参照されたい方は、名古屋地裁平成29年3月17日判決「試験的医療ないし診断的治療における医師の注意義務」をご参照下さい。