言葉の重みはわかりますが・・・
僕も望月も獣医師として診療にあたります。
獣医師という国家資格を持っていると色々な権利を与えられますが
それと同時に同じくらい重い責任を背負うことになります。
獣医師が発する言葉というものは
患者様にとっては結構重いものなんだなあと実感する場面は多いです。
動物たちのご家族にとっては当たり前のことなのかもしれませんが
同じ獣医師である僕からすると
それだけで信用してしまうんだなあと感じることも少なくありません。
こんなこと書いていると自分自身の信用を失いそうですが
そんなんで失う信用なら最初から本当の信用ではないと思うので
それはそれで構いません。
僕は、人間誰しも間違うことはあるし失敗することはあると思っています。
だからこそ、獣医師の先生から言われたことをそっくりそのまま100%信用するんじゃなくて
ちょっとだけ立ち止まってみてもらって
自分自身で考える時間・調べる時間みたいなのを設けてもいいんではないかなと思うわけです。
もちろん、全てを疑え!みたいな野蛮なことを述べているのではなくて
与えられた情報の全てを信用してしまうのって危険じゃないかなとか思うわけです。
いや、専門職なんだから100%正しいことを言うべきでしょ、というご意見はごもっともです。
全くその通りで、そうであるべきだとは思います。
でも、本当にそうならヤブ医者なんて言葉が生まれることはないですし
どこのお医者さんに通っても、どこの弁護士事務所に相談しても
結果は全て同じになるはずですし、差はほとんど生まれないはずです。
実際そんなことないのは皆様がよくご存知のはず。
結局、医者であれ獣医であれ弁護士であれ、みんな人間なんですね。
専門職という肩書きだけで、その人の述べる専門用語を全て真に受けるのは危険だと思うんです。
じゃあ、お前のことも疑えというのかよ、となると思います。
もし良ければ一度疑ってみてください。
得た情報をしっかり吟味して反芻して咀嚼して
それでも大丈夫そうだなってなったら信用してもらえたらと思います。
何なら結果を出せたら信用してやるよ、的な姿勢で診察に来ていただいてもいいかと思います。
だんだん本当に当院の信用が失われていきそうですが
そうやって最初は話半分に聞いてたけど
通院を繰り返しているうちにだんだん信用できてきた、っていう方が
より信頼関係が深まるような気もしてまして
それならより一層動物たちの治療にご家族と病院とで協力して立ち向かえそうじゃないですか?
『心雑音がある』『心臓肥大がある』と言われ
何年も心臓薬を飲んでいらっしゃる心臓に問題のないわんちゃんや
若い頃に血液検査で腎臓の数値で引っかかったから
そこから何年も腎臓に対する薬をずっと真面目に飲んでおられるねこさんを
僕は精神的に受け入れたくないんですね。
獣医の言葉って重いんだから、一生飲まないといけないとか言わないでくれよ、とか
その動物たちとそのご家族の何年もの時間を返してくれよとか
最初の動物病院さんに文句を言ったところで時間は戻ってこないわけで
ただただ虚しさが残ってしまうことも少なくないんです。
そういう現実が日常茶飯事で起こっているのは事実でして
どうにかその現実を変えられないかなあと思ってこんなことを書いています。
不快に感じた方はごめんなさい。
でも、どうせ動物病院で病気と立ち向かうなら
ご家族と動物病院とで協力して戦いたいじゃないですか。
そうやって共同戦線張るのであれば、お互いに対等じゃなきゃいかんとも思うんです。
本当の意味で対等になるには
どっちかがどっちかの言うことを100%信用するという関係性は
僕的にはあんまりかなとか思うわけです。
いや、信用してくださるのはとてもありがたいことですし、
嬉しいことですよ。いつもありがとうございます。
何か墓穴掘ってますかね。
言いたいこと伝わっておりますでしょうか。
ちょっと不安になってきたのでそろそろ終わりにしますが
獣医から患者様への一方通行の診察ではなくて
双方向に矢印が向いている関係性とでも言いましょうか
そういう関係性が診察する上で重要だと思います、っていう感じです。はい。
説明が下手くそですみません。伝わると嬉しいです。
それでは、今日はこのへんで失礼いたします。