どこで誰と最期を迎えるか
SNSの匿名アカウント
しばしば更新が滞るものの
ちょっとずつフォロワーさんが増えてくれてはいます。
そちらのアカウントで、獣医師の先生たちとも繋がりができたりしているのですが
そんな先生の中に救急・集中治療科に身を置く先生がいらっしゃいます。
その先生のお家の猫さんが
先日、最期の時を迎えました。
おそらく尿管結石を原因としない尿管狭窄による腎障害なのだと推察されますが
治療反応が見られ排尿を認めた場合は、病院で徹底的に治療を。
治療の甲斐なく状態的に改善の見込みがないと判断した場合は
お家で看取ることを決められておりました。
おそらく日本全体の中でも
徹底的に動物医療を施す側の先生でも
やっぱり最期はお家で看取ってあげたい、ってなるんだな
って僕は先生の投稿を読んでいて思いました。
最期の瞬間をどこで誰と迎えるか。
これは見送る側にとっても非常に大事な要素だと思います。
誰もいない動物病院で一人残され亡くなっていた
というお話関連のご相談を受ける機会が最近多く
その状況を聞いただけで胸が痛くなりますが
当のご家族にとっては筆舌し難いぐらいの辛い経験なのではないかと思います。
院内死亡率ゼロという目標を
最近は声高に叫ばなくなっている気もしなくもないですが
そういう辛いご経験を聞くと
やはり最期はお家で大好きなご家族に囲まれた状況が望ましいと思いますし
諦めない動物医療というスタンスは崩すことなく
そういう最期の状況を作り上げられるような医療体制で診療にあたりたいと考えています。
生きとし生けるもの
いつかは終わりがくるのは仕方がないとは思いますし
病気に関しても
完治できない付き合っていかないといけないものも多いとは思いますが
それでも、最期の時間の過ごし方・在り方如何で
思い出の時間の印象は大きく変わってくるのかなと思います。
当院・当社の理念である
最高の時間の創造、というものを目指すためにも
最期の時間をどのように迎えるのか
そこは大切にしたいところです。
それでは、今日はこのへんで。
明日は引越し頑張ります。